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【東日本大震災津波伝承館「いわてTSUNAMIメモリアル」】津波を正しく恐れ、海と共に生きる!

みなさんこんにちは。ドクターKです。

今回は岩手に来ました。

岩手は、今はやはり津波で大きな被害を受けた東日本大震災。

この影響がまだまだ残っているところですが、一方で震災に立ち向かい、過去を忘れないようにとメモリアルとして伝承館ができていました。

今回はそこに行ってみました。

 

東日本大震災津波伝承館「いわてTSUNAMIメモリアル」

こちらは受付でもらえるパンフレットです。

2024年8月の情報です。

 

 

東日本大震災津波伝承館

2011年3月11日に発生した東日本大震災津波。

多くの尊い命を失いました。

東日本大震災津波伝承館は東日本大震災津波の事実と教訓を示しています。

 

iwate-tsunami-memorial.jp

そして、入場無料です!

これは地味に助かります。

 

東日本大震災津波伝承館の場所

場所はこちらになります。

 

沿岸部というところが少し怖いところですが…

 

伝承館の内部

伝承館の中は様々な展示物がありました。

中は無料ですし、写真に収めてはいけないものもたくさんありましたので割愛します。

 

東日本大震災津波伝承館「いわてTSUNAMIメモリアル」

そして、中に入らずに沿岸部に歩いていくと、追悼の広場があります。

広いです。

 

東日本大震災津波伝承館「いわてTSUNAMIメモリアル」

少し進むと、奇跡の一本松が見えます。

 

東日本大震災津波伝承館「いわてTSUNAMIメモリアル」

沿岸部には、今から育てようと松が生い茂っています。

前の大きさの松になるまではだいぶ時間がかかるそうです。

が、今回の津波も、松の木が助けてくれたところもあれば、松の木が流されて流木として被害が出たところもあるそうです。

今回、津波から助けてもらえる松として、また育て始めています。

 

東日本大震災津波伝承館「いわてTSUNAMIメモリアル」

前よりも多く植えているそうです。

 

東日本大震災津波伝承館「いわてTSUNAMIメモリアル」

たしかに、すごい密度ですね。

 

震災遺構 下宿定住促進住宅

歩いて行けるところに、様々なモニュメントがあります。

 

東日本大震災津波伝承館「いわてTSUNAMIメモリアル」

こちらは住宅ですが、そのまま残しています。

パット見て分かるように、4階まで窓ガラスが無くなっています。

 

東日本大震災津波伝承館「いわてTSUNAMIメモリアル」

津波が高さ14.5メートルまで来たということですね。

5階の住人ならば助かったということでしょうか。

周りは建物ごと流されていますので、どうなるのかその瞬間は絶対わからないでしょう。

 

奇跡の一本松

では、次にメインの1つであるこちら。

 

東日本大震災津波伝承館「いわてTSUNAMIメモリアル」

震災遺構として、あまりにも有名ですね。

 

東日本大震災津波伝承館「いわてTSUNAMIメモリアル」

もう枯れているらしいです。

保存加工されています。

 

東日本大震災津波伝承館「いわてTSUNAMIメモリアル」

とにかく逃げろ、という感じだったらしいです。

津波てんでんこ

これが、方言でとにかく逃げろという意味らしいです。

 

陸前高田ユースホステル

こちらも有名です。

 

東日本大震災津波伝承館「いわてTSUNAMIメモリアル」

陸前高田ユースホステルです。

 

東日本大震災津波伝承館「いわてTSUNAMIメモリアル」

これは流されずに残っているのですね。

松で守られたともいわれています。

 

旧 気仙中学校

こちら、安全と言われていた中学校。

 

東日本大震災津波伝承館「いわてTSUNAMIメモリアル」

やばいと感じ、全員が山に逃げて、無事だったという奇跡の学校です。

よかったです。

 

野田村役場

これは全く違うところなのですが、違う日に行きました。

 

東日本大震災津波伝承館「いわてTSUNAMIメモリアル」

かなり被害が大きかった野田村。

 

東日本大震災津波伝承館「いわてTSUNAMIメモリアル」

映画化しているそうです。

浅田家。

これは写真を届けるという話。

 

写真家としての自信を得て、日本中の「家族」の写真の制作を開始する政志。だが、初めての被写体に選んだ家族が東日本大震災で被災した。彼らを案じて被災地に入った政志は、ボランティア活動中に父を亡くした少女・莉子と知り合った。

母と妹の三人で「家族写真」を撮って欲しいと頼む莉子。父が欠けた写真は撮れないと困惑し、人間として、写真家として行き詰まる政志。だが、政志自身、子供の頃は父親がカメラを構え、写真には兄と自分しか写っていなかった。

父親の目線でなら、母子だけの「家族写真」が撮れると開眼して、政志は莉子の元に向かうのだった。

 

という話のようです。

 

まとめ

東日本大震災津波伝承館「いわてTSUNAMIメモリアル」を紹介いたしました。

お出かけはテーマパークや万博もいいですが、こちら北陸に行く場合は、東日本大震災の爪痕を見るのもいいかもしれません。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。