みなさんこんにちは、ドクターKです。
今回は沖縄に行ったときの記事です。
さて、今回は沖縄に行った際、せっかくなので世界遺産を見ておこうと思い、首里城に行きました。
世界遺産についてもまとめてみます。
2024年10月の旅行記です。
世界遺産
世界遺産は1972年のユネスコ総会で採択された
「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」(世界遺産条約)
に基づいて世界遺産リスト(世界遺産一覧表)に登録された、文化財、景観、自然などです。
世界遺産はその内容によって
- 文化遺産
- 自然遺産
- 複合遺産
の3種類に分けられています。
今まで、世界文化遺産をいくつか行きました。
ブラジルの文化遺産です。コルコバードの丘を含むリオデジャネイロの山と海との間のカリオカの景観群が、2012年にユネスコ世界文化遺産に登録されています。
チェコのホラショヴィツェ歴史地区は、ユネスコ世界文化遺産として、1998年に登録されました。
オーストラリアのグレーター・ブルーマウンテンズ地域は、世界自然遺産に2000年に登録されました。
マレーシアのマラッカ海峡の歴史都市群は2008年に世界文化遺産として登録されました。
日本では、以下のところに行きました。
東大寺は、ユネスコ世界文化遺産として、古都奈良の文化財の構成資産の一つとして、1998年に登録されています。
屋久島は、ユネスコ世界自然遺産として1993年に登録されました。
日本で最初に登録された世界遺産の一つです。
首里城の場所
首里城のふもとにある首里城公園の場所です。
やはりお城ですので、少し奥まったところになりますね。

入り口にある地図です。わかりにくい。
首里城復興祭
2019年に首里城は火災にて崩れ落ちました。
「首里城祭」をベースに、“復興への願い”を前面に出した形で現在は復興祭りが開催されています。
- 琉球王朝絵巻行列
- 古式行列(琉球王朝祭り首里)
- 琉球芸能公演
- ランタンイベント
- 首里城復興祈念ステージ
などをしているようです。
毎年11月頃に開催されています。

て感じ。
首里城とは
首里城は、琉球王国(1429〜1879年)の王城です。
沖縄の政治・外交・文化の中心で、中国や日本との交易拠点でもありました。
日本本土の城とはかなり異なる赤色中心の建築で、中国文化の影響が強い装飾です。
琉球独自の王国文化で、高台から那覇を見渡す立地という、城ならではの高地にあります。
そして、2000年に琉球王国のグスク及び関連遺産群としてユネスコ世界文化遺産に登録されています。

嬉しかったでしょうね。
この世界遺産には、
- 首里城跡
- 今帰仁城跡
- 中城城跡
- 斎場御嶽
など、沖縄各地のグスク(城)や聖地が含まれています。
2019年10月31日に大規模火災が発生し、正殿など主要建築が焼失しました。
その後、国による復元工事が進められており、2026年の正殿完成を目標に再建が行われています。

では、行ってみましょう。

案内がありました。
あれ?これは歓会門ではなかったのかな?
門の両脇にシーサーがいるらしいし…
見落としましたね。

これは瑞泉門というらしいです。
立派なめでたい泉の意味らしい。

案内書きです。

ひたすら登っていくと、次はこれ。
刻漏?

右から読むんですね。
漏刻門というらしいです。
水時計という意味だそう。日時計と対をなすみたいですね。

これ。わかりやすい日時計ですね。

日影台というらしいです。
首里城公園
そして、公園に入ることになります。

「広福門」なのですが、「廣福」と書かれています。
この門は、正殿前広場(御庭)へ入る手前にある門の一つで、かつては役人の執務空間としても使われていました。

これが正殿でしょうか。
開門前に何かイベントやってました。

開館のあいさつをしてくれたようです。

この辺りが首里城公園なのですね。
ここからは様々な立札を。

首里森御嶽(しゅいむいうたき/すいむいうたき)は、首里城内にある琉球王国時代の聖地です。「御嶽(うたき)」とは、琉球信仰における祭祀・祈りの場所で、本土の神社とは少し異なる宗教空間です。

下之御庭(しちゃぬうなー/したのうなー)は、首里城内にある広場の一つです。
「御庭(うなー)」は、琉球王国で「広場・庭・儀式空間」を意味します。

奉神門(ほうしんもん)は、首里城正殿エリアの正面入口にあたる重要な門です。
最後にこの奉神門をくぐると、正殿前の中心広場「御庭(うなー)」へ入ります。

天水甕(てんすいがめ)は、首里城の奉神門前などに置かれていた大きな甕(かめ)です。「天水」は文字通り、雨水を意味します。

十嶽(じゅうたき/とたき)は、首里城内やその周辺に存在した、琉球王国の重要な祭祀空間群を指します。「嶽(たき・うたき)」は、沖縄・琉球信仰における聖地のことです。
首里城の復興・装飾物
では、ここからは復興について書いていきます。
ちなみにここからの情報は2024年9月のものです。
今はもっと復興は進んでいるはずです。

まずこれです。
「大龍柱(だいりゅうちゅう)」は、沖縄の世界遺産である首里城正殿前に立つ巨大な龍の彫刻柱です。
2019年10月31日の首里城火災では正殿など主要建築が焼失しましたが、この大龍柱は完全崩壊せず、焼損しながらも立ち続けたことで象徴的存在になりました。

もともとの大龍柱は、1992年の首里城復元時に制作されたもので、正殿正面の階段脇に左右1対で配置されていました。
中国文化の影響を受けつつも、琉球独自の様式が強く、龍が柱から身を乗り出すような立体的造形が特徴です。日本本土の城郭建築にはほとんど見られない意匠です。

火災を耐えたのですね。
2026年には正殿が完成するとあります。

巨大な倉庫が景観を遮ってしまうため、その壁面に「未来の首里城正殿」を原寸級で描く計画が行われました。

幅約39m、高さ約12.5mという巨大サイズです。

「龍頭棟飾(りゅうとうむなかざり)」です。
首里城正殿の屋根に取り付けられている巨大な龍の屋根飾りのことです。
琉球王国の王権や守護を象徴する、首里城でも特に特徴的な装飾です。

このように屋根に飾られてあります。

火災でボロボロです。
首里城の復興・内部
次に、屋根についてです。

こんなコーナーもありました。

屋根を作っています。

かなり大掛かりな仕事です。

屋根瓦のコラムもありました。
なぜ赤いか。
鉄分を多く含むからだらそうです。

赤いですね。たしかに。

いろいろ展示しています。

正殿を支える木材は何?
ヒノキらしいです。
本土と変わりないですね。

頑張って作っています。

必死に作ってくれています。
世誇殿(よほこりでん)
「世誇殿(よほこりでん)」は、首里城正殿の中央2階部分にある特別な部屋・空間の名称です。

王様の過ごす宮殿なのですね。

今はこんな感じ。

最後に復興に向けたパネル。

こんな感じの休憩室で締めます。

こちらにも展示物は多かったです。
まとめ
首里城をまとめてみました。
火災は本当にびっくりしましたが、復興も楽しみですね。
最後までお読みいただきありがとうございました。