みなさんこんにちは、ドクターKです。
今回は福井に行ったときの記事です。
さて、今回は福井に行った際、観光はどこかないかと探したところ
駅に近いところに福井城跡があります。
この福井城、なんと日本100名城には入っていませんが…
続日本100名城に入っています。
ていうかそんなのあったのか。
知らなかった話です。
日本100名城をまわり切った人が、続いていくのでしょうかね。
2025年11月の訪問記です。
福井城跡
福井城跡は福井の駅に近いところにあります。
福井を訪れた際、恐竜博物館は少し遠い。
ここなら、仕事で来た場合でも寄ることができそうです。

外観です。
石垣はしっかり残っています。
残念ながらお城はなくなっています。
代わりに建っているものもありますが…

小さくて見えないと思いますが、福井城下の歴史が書かれています。
1606年、慶長11年に改修が終わったようです。
1871年の廃藩置県で福井藩は福井県になります。
福井城跡の場所
こちらのように、なかなか立地はいいですね。
西口からすぐです。
今回は身に行けませんでした。
福井城跡の外観
まず、外観です。

写真のように、石垣だけ残っています。

真ん中にあるのは県庁です。
ここは県庁ができて変わっているのですね。
結城秀康の銅像
では、中に入りましょう。

こちらは案内図です。
先ほどの写真の石垣は、奥にある城の石垣ですね。
そして、県庁があったところは大広間が昔はあったんです。

結城秀康の銅像があります。
勇ましい姿ですね。
福井城跡(福井県庁前)に設置されている、結城秀康公(徳川家康の次男)の銅像です。秀康が越前国(現在の福井県)に入封し、福井藩の礎を築くために江戸を出発した姿を表現しています。
結城秀康は、徳川家康の次男でありながら、政治的な事情から結城家に養子に出され、その後、越前68万石の大名として福井に入ります。

このあたりの散策図です。
城があったところとは対局になりますね。

石碑がたっています。

ここはのぼるようではなく眺める石段です。

奥にはのぼるところがあります。

立派な石垣が続きます。
県庁
そして、ここには県庁が建ってあります。

県庁内部です。
広々とした空間になっています。
池
途中で池がありますね。
こちらでは蓮の花とかが咲くようです。

こちらです。

紹介してくれています。
訪れたときは飾っていませんでした。
天守の跡
天守はもうないのですが、当時のことが書かれています。

こちらですね。
結城秀康は初代藩主です。

こちらをのぼると。

天守の跡です。

井戸もあります。

福の井というらしいです。

天守の跡まで少し歩きます。

広々とした更地になっています。

見渡す限り。
山里口御門
では、降りて帰ります。

こちらは出口ですね。

門に名前がついています。
山里口御門は、福井城の北側に位置する重要な出入口で、城内の「山里曲輪(やまざとくるわ)」へ通じる門として機能していました。
福井地震(1948年)で多くの城郭遺構が失われましたが、山里口御門は近年の調査と史料に基づき木造で復元されています。

福井城本丸と藩主の御座所(御殿)を結んでいた、屋根付きの橋です。
名前の通り「廊下(=屋内通路)」として使われ、藩主や奥向きの人々が雨風にさらされずに移動できるよう設計されていました。

外観です。
旅立ちの像
最後にこちら。
これは城の外にあります。

こちらの2人は誰でしょう。

「旅立ちの像」は、安政5年(1858)に横井小楠が熊本へ一時帰国する際、三岡八郎が同行して九州へ旅立った場面を表現した銅像です。
像は 左が三岡八郎(由利公正)、右が横井小楠 という構図です。
まとめ
いかがだったでしょうか?
意外と見るところが多いと思います。

福井に行ったらぜひ。
最後までお読みいただきありがとうございました。